「さっきからすげー揺れてんだけど、ここ、もしかしたら『車』ってやつの中なんじゃないのか?」
ミー達、食べ物に釣られてなんにも考えず、こんな所に来てしまったけれど、これはどう考えたってヤベぇ。カクマクマは、そんなこと気にする様子もなく、黄色くて甘いドロドロが入っていた容器をまだ黙々と舐めている。
「そうかも知れないな。さっき、私が乗った捕獲者の車もこんな感じだったよ」
「こんな感じだったよじゃねぇ、おう!もしかして、ミー達とんでもない事になっているんじゃないのか」
「落ち着きたまえ。まぁ、これも経験だよ、マギー。それよりも、この黄金の甘いやつ、これは本当に素晴らしい味だ。一体何て食べ物なんだい?」
「知らネー。それより、これからどうするつもりだ、おい。マズイぞ!おうおう!マズイぞ!」
ミーは、逃げ口を捜した。よく見ると、ここ結構広い。ん?そういえば変な臭いがするぞ。変な雰囲気だぞ。
「おうおうおうおう!おおうおうおう!カクマクマ、なんか変だぞ」
(うっせー奴らだな。おんめーら、一体何者だ?)
「カクマクマ、ミーに何か言ったか?」
「いや、私は何も言ってない」
ハッハッハッ。そ、空耳か。フゥー・・・
「おんめーら何者だ?」
フヒッ。やっぱ、誰かいるぞ。あぶない。あぶないぞ、チックショー!!おうおうおうおう!
「うっせーやつだな」
よく見ると、ミーの後ろ、檻になっていた。そこの奥に、カクマクマぐらいの大きさの、白い毛に包まれた奴が居た。こっちを、じっと見ている。じぃぃーっと。みみみみ、見るんじゃねぇやい!おうおうおうおう!おうおうおう!
何を考えたのか、カクマクマ、このデカ白に近づいた。
「はじめまして。わたくし、カクマクマという不束なクマです。こちらにいる大袈裟な奴はマギーという犬でして、普段は野良を営んでおります。急に上がりこんだ不躾、どうかお許しください」
「なんてぇ礼儀ただすぅクマだ。はんずめますて。あたくすここで、サーカスを営んでおります、クマのシェリーと申します。あ、あのー、マギーさんとやら、ここね、他の団員も寝ているんでね。静かにしてやってもらえませんかね。はい」
ムキーっ!ミーをバカにしやがったな。ムムム!オウ!
「シェリーさん。素敵な名前だ。実はわたし、他のクマにお目にかかる機会がなく、初めて・・・いや。ご出身は?」
「あんれ、うれすぅ。あたくすの事、そういってくれる方ははずめてだ。ここサーカスでしょ。みんなガサツでね。やさすー事、誰も言ってくれねーんだ。まー、根は悪くねぇんですが。あたくすの故郷ですか?北です」
「北かぁ。どうりで色白なわけだ。実はわたしは沖縄からやってきたんですよ」
「まっ、どうりで黒なんだ!!素敵だわー」
カクマクマは目を輝かせ、デカ白と話している。どうやら、このデカ白も「クマ」らしい。
もう、かまってらんね。考えてみれば、カクマクマと出会ってから、危ない事ばっかでろくな事がねぇ。
ふと見ると荷台の入り口が少し開いている。カクマクマはともかく、ミーくらいの大きさなら難なく逃げ出せそうだ。これはチャンスだ。
ミーは決めた。カクマクマ、お別れだ。
「トウ!!」
「おい、マギー、どこ行くんだぁ!!」
「おぅおぅおぅおぅ!!おぅおぅおぅおぅおぅ!」
「おぉーい!!」
◆
まったく見た事がないもの、まったく嗅いだ事のない匂いに包まれるのは、今までに何度だってあった。港だったら、誰かが絶えず壁やら何やらに匂いの跡をつけるから、誰がいるのか、どこにいるのかわかる。けれども、ここは匂いも何もねぇ。取りあえず、ミーが色んな所にションベンをかけまくってやる。ここをミーの縄張りにしてやれ!
「(落ち着きたまえ。まぁ、これも経験だよ)」だと?バカめ。あいつは、何も、分かっちゃイネェ。今日の「経験」は「死にかけた」って事だ。そしてそれは、何の役にも立ちゃしねぇ。そうさ。経験でやってけるんなら、ミーの母ちゃん、捕獲者なんかに捕まんなかったはずさ。あいつだって、あいつだって、あいつだってそうだ。その時々に直感で判断しなくっちゃ。
チックショー、母ちゃんのこと思い出したら急に気分が湿っぽくなってきちまった。ハチ助、ポン太、ジュディ、みんな元気かなぁ。ここはずいぶん、港と違うなぁ。ヒィーン、ヒィーン。お家に帰りテェ。そうだ、あれをやってみよう。誰かに届くかもしんねぇ。
「おぉぉぉぉぉぉぉう!こちらマギー、港のマギー!ポン太、ハチ助ぇ!おぉぉぉぉう!」
チックショー、何の返事も返ってこねぇ。ミーは、遠くに来てしまったんだな。ヒィーン、取りあえず、ずっとやっておけば、誰か1匹ぐらい返事してくれんだろ。
「おう、おう、おう、おう! こちら港のマギー、おう、おう、おう、おう!」
「・・・・・・・・・・・・・タスケテー・・・・」
小さいけれど、微かに返事が聞こえた。
「おぉぉぉぉぉぉぉう!誰かいんのか!おぉぉぉぉぉぉう!」
「・・・・・・助けてー!・・・・・・助けてぇー!!」
聞き間違えじゃなかったら、助けてなんて言ってやがるな。
「ガッテン!!今すぐ行くぞ!おう、おう、おう!」
ここか、ここか、ここか!えーーーーーい。ハハハハハー、ハハハハハー!!声の聞こえた方角へ、声の聞こえた方角へ。走る走る走る走る。おうおうおう!おうおうおうおう!
「キャヒィーン!!」
ここか!!超小さい野郎が猫っころ5匹に囲まれてら、噛み付かれてら。猫っころの扱い方は心得てら。不意打ちだ!引っ掻かれる前にガツンと体当たり、だっーーーーー!
「シャー、何なのよ、この薄汚いワンワン野郎!シャー!!」
「おう、おう、おう!やるってのか?やるってのか?」
弱っちい背骨を曲げ、毛を逆立てるところがムカつく。これを見ると、いつも、キーっとくる。しばらく睨みあう。やつら、塀にあがり、一通りミーの事を罵倒すると、どこかへ消えた。喧嘩でミーに勝てるやつはいねぇー。ねー、ねー!
小さい野郎が尻尾フリフリ。見たところ怪我はない。
「おう!ケガはねーか?」
「助けてくれて、あんがとー。おいっち、シャムラ。お前っちは?」
「ミーは港のマギー。おいおい、泣いてんのか?」
それにしてもなんてでっかい目なんだ。思わずミーは見つめてしまった。か、かんわいいー。
「泣いてなんかないやい!おいっちのお目めってデケーから勝手に涙が出てくんだ」
シャムラの体は驚くほど小さい。港でもこんな小さい奴はイネー。短く黒い毛、耳だけがピンと張っていて、これまた短い尻尾を絶えずフリフリしてる。
「それにしても、ここは犬がいねーな。どうしてなのさ」
「たまーに来る事もあるけどね。あんたみたいにさ、マギーっち。でも、ここは完全に人間の住む所だからね。食べ物とか何も落ちてねー。だから、みんなすぐ、どっか行っちまう。だから、ここは、猫ばっかりの町なんだ」
「じゃなぜ、おめーはここにいんだ?」
「へへへ。ちょっと待っててな」
そう言うとシャムラは、人間の家へ入った。
「お、おい、あぶねーぞ」
「大丈夫。任せてくれよ」
ミーが住んでいる所でこんな事したら命はない。しばらく待った。ほら見た事か、帰ってこないじゃねぇか。大丈夫か、捕まってないか。と思った瞬間出てきやがった。ミーをおちょくりやががってぇぇぇぇ、ぉう・・あれ?
「お待たせ。」
シャムラ、チキンを咥えてやがる。
「すんげー、どうしたんだこれ?」
「おいっちはね、こんな見た目のせいか、人間にとても可愛がられてね、顔を見せただけで餌をもらえるんだ。だから、餌を探し回るより、こうやって一軒一軒回った方が確実に食べ物を手に入れられるんだ。」
「なるへそ・・・」
貰ったチキンにがっついた。すぐに骨だけになる。ガリっとくわえた。こいつを2、3日、土に埋めたらいい味になるって知ってんだ。
「シャムラ、これ、どこかに埋めたいんだけど、いい所ないかな?」
「一体何のためにだい?」
シャムラは元々は野良ではなかったらしい。
「おいっちはね。生まれたときからの曲芸犬さ。サーカスにいたんだ。」
生まれてからずっと檻の中の生活。色んな所へ行けるが、結局は檻の中か、結ばれた縄で動ける範囲内。時々、からかいにやってくる野良たちの話を聞くたび、外の世界への思いは広がっていった。
「何だか、どっかで聞いたような話だなー」
「それである日の夜ね。おいっち、縄を少しづつ、少しづつ噛んでついに引きちぎったんだ」
外の世界は思っていたよりもずっとずっと退屈だった。薄汚く、暴力的で退廃的な野良の世界は、華やかな舞台で育ったシャムラの肌には合わなかった。
「そんで、しばらくして、サーカスに戻ったら、サーカス、なくなってたんだよ。どっか行っちまったんだと思うんだけど。そんでおいっち、野良になっちまった。」
サーカス団なんて、ミーの知らない世界だ、どんな所なんだろう。あれ、サーカス、サーカス。つい最近どっかで聞いた事あるぞ。
「(はんずめますて。あたくす、サーカスを営んでおります、クマのシェリーと申します)」
「おう、おう!てめー、シェリーってクマ、知ってるか?」
「あぁ、知ってるよ。白クマのシェリーだろ。元カノだよ」
「なにっ、嘘つくんじゃねぇやい!おう、おう!それよか、おめぇをサーカスまで帰せるかも知れねーぞ、待ってな」
「おう、おう、おう、おう!おう、おう、おう、おう!こちら、港のマギー、おう、おう、おう!カクマクマ!聞こえるか!カクマクマ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・マギー、こっちだぁ!どこに居るんだぁ!」
「よし、わかった。シャムラ、黙ってミーについてきな」
「何がどうなってんだよぉ!」
さっき来た道を戻った。今日はなんてよく走る日なんだ。もう2度とカクマクマには会わないだろうと思っていたけど。夜と、闇と、時間と、空気を切り裂いて、ミーは走る。走る。走る。おう!おう!おう!