悪い想像が頭の中をよぎる。「(急にハゲた?)この動物園の連中も、後で来る後援会の奴らも、そう思うだろう。何としてでもあの帽子を取らなければ。こんな事で俺の政治生命が断たれるなんてごめんだ」

カクマクマ第六話 檻の中の動物園
第6話 檻の中の動物園 (後編)

「知念君、実はね、私も昔、飼育員をしていたんだよ。クマの担当だったんだ」

「へぇー。先生、飼育員だったんですか。えっ、ここで働いていたんですか?」

 この動物園の先代とは知り合いだが、ここはまずい。當間は頭を廻らせた。動物園といえば上野だ。

「あぁ上野の方でね」

「上野?それって上野動物園ですか?」

 園長の目が輝いた。

「私は年に1度、園の経営者総会で上野へ行くんですよ、先生はどこの部署にお勤めだったんで?嬉しいなぁ、まさか當間先生が同業者だったなんて…」

 園長の話を遮り、當間は早口で、

「いや、ははは。私がやっていたのは上野は上野でも、「沖縄上野動物園」っていう見世物小屋でね、そこで働いて、回っていたんだ。沖縄中をね。事務だったんだが、人手が少なくてね、たまに猛獣の世話なんかもしていたんだ」

「あれ、先生は確か、経歴では運輸業と載っていたような…」

 何気ない久保田の言葉に、敵意を感じた。血が逆流するような怒りがふつふつと沸いてきたが、なんとか理性で押し込めた。

「まぁ、色々あってね。久保田君、若い頃の話だよ。あっ、知念君、もしよかったら、もし、そっちがよかったらでいいんだが、クマの飼育室、見せてくれないか」

「全然構いませんよ、さぁ行きましょう」

「當間先生はすごいなぁー」

「あぁ、久保田君。暑くて大変だろ。私の個人行動に付き合せるのも何だから、先に食事に行っておられるといい」

「いやいや、私も飼育室を見てみたいです。一度気になったら止まらない性質なんで」

 園長が飼育室のドアを開ける。獣臭と乾燥した草が混ぜ合わさった熱気のある独特の強い臭い。その飼育室の中でひとり作業をしていた飼育員が、當間に気が付くと軽く会釈をした。當間も軽く返した。

「彼は、この園一番の古株で、ノムさんと呼ばれている金城ノボルです。実は、ここに入るのは私も久しぶりなんですよ。昔はここで昼飯なんかを食ったりしたものですけどね。今は無理です。」

「いやー、経験した者同士、分かるよ。その気持ち。私も昼飯食ったりしてたもんだ。寂しい時なんか、心が癒されてね。懐かしいなぁ。今日は久しぶりにここで食べてみますか?」

 ノムさんが小声で言った。

「その感覚、俺にはわかんないな」

 園長がノムさんを睨みつけた。気がつかなかった振りをして、當間は言った。

「檻の中に入ってもいいかね?」

「え?」

 全員が笑い出した。

「先生は本当にクマがお好きなんですね。でも、危険なのでそれはご遠慮ください。他の動物、そうだな、アリクイなどはいかがでしょうか、かわいいですよー」

「アリクイかぁ、先生、行きましょう」

 そう言うと2人は、飼育室の出入り口に向かおうとした。

「私はクマの担当だったんだ!!アリクイなんかに興味はない!」

 當間の突然の剣幕に、飼育室の中が静まり返った。

「でも、危険なんですよ。先生にもしもの事があったら…」

 慌てふためいている園長と、飼育室の隅っこでクスクス笑っているノムさんの目が合った。

「大丈夫、そんな事ないさ。ねぇ?だからさ、中に入れてくれよ。援助金の件もさぁ、ねぇ?知念君?」

「當間先生、その発言は。市民の血税をですね。ただでさえ負担の多いこの園に、さらに援助するなんて、そんな無駄、私は聞き逃しませんよ。いいですか、今度の市議会で、」

「無駄だと?何、言ってんだ!!いいか、ここはな、市の、いや、県の財産なんだよ、少しくらいの援助金は市議会予算から出してもらって当たり前だ!」

 園長の怒鳴り声で、當間は逆に我に返った。

「まぁまぁ君たち、落ち着きたまえ。いいかね、冗談だよ。久保田君。君もなかなか筋の通った政治家だよ。感心だ。知念君も、さぁ、中に入れてくれないか?」

 園長がさっと檻を開けた。

「おい、やめろ馬鹿野郎、クマだぞ」ノムさんが園長を睨みながら言った。

「大丈夫、ちょっとだけだよ。先生。奥にある、あのドアだけは絶対に開けないで下さい」

 檻の中へ入った當間はまっすぐ奥へ向かい、“奥にある、あのドア”を開けた。

「私はクマ山に用があるんだ」

「あー!!」

「大変だぁ、大変だぁ、ま、麻酔銃、麻酔銃、誰か!おい。ノムさん、ノムさん、ノム
さん!」



 ゆで釜の中のように、熱気渦巻くコンクリートのクマ山の中に、安村は居た。

「誰か居ないか!おーい、安村ぁ」

 園長に名前を呼ばれるのが聞こえて、思わず顔を上げると、そこには奇妙な格好をした見知らぬ中年の男がいた

「シーッ、シーッ、」

「あっ」
 
 安村と當間の目が合った。

「あ、あれ?君ぃ」

 人に見られたことで気が動転している當間には、クマが、着ぐるみの人間だったなんてことは気にもならなかった。

「帽子、帽子」

 安村が足元に落ちていた帽子を手に取った。

「ど、どうぞ」

 帽子をもぎる様に安村から奪い、やけどのように赤くなった湿疹だらけの頭に被った。落ち着きを取り戻し、當間は一息ついた。

「ねぇ君、この事は誰にも言わないでくれ。頼むよ。君、名前は何というのかね?あとで駐車場においでなさい。ね?」

「は、はい。安村といいます。僕の事も内緒に」

 當間は、クマ山から飼育室へ戻った。かすかに奥の檻から声が聞こえた。

「先生、カンベンしてくださいよ、何かあったら、私、私…」

「當間先生、あなたって人は…」



 それからしばらくして、ノムさんがクマ山のドアを開けた。

「大変だったぜ。議員のやつが、クマ山に入ろうとしてさ、あまりの剣幕にバカ園長も引き下がって」 

「ノムさん、実は…」

「えぇ、バレたのか?」

 休憩時間、更衣室に集まった飼育員たちは、安村の話を聞いて凍りついた。

「と、取りあえず、後から駐車場に来いと言われたんで、後で行って来ます」

 天願が立ち上がった。

「大丈夫だ、もうこれ以上、悪いことは起きないさ。俺が遠くで見ておく。もし何かあったら、合図してくれ。すぐに飛んでいくから」

 夕暮れに照らされた駐車場で、さっきの政治家と、もう1人若い政治家が園長と握手を交わしていた。
 安村に気がついた園長は、「こっちに来い」と呼び出した。

「こいつはうちのホープでして。さ、握手しろ」

 當間が手を伸ばした。握手され背中を叩かれる。コロンと整髪料の臭い。安村は必死で笑顔を作った。

「安村君、安村君か。君、車までこれを持ってくれないかね」

 當間はさっき売店で買ったお土産の束を指差して言った。

 (来た…)遠くで立っている天願の方を見た。

「歳を取るとどうもね。いやぁ、今日は疲れました。知念君、お疲れさまでした。それでは」

 少し離れた所に停めてあった車のところまで行き、トランクを開けて當間から渡された土産を中に入れる。當間が近づいてきて言った。

「よく黙っていてくれた。助かったよ。さっきの事は、頼むから誰にも言わないでくれよ。私はね、今度の市長選に出馬するんだ。狙っててね、今が一番大切な時期なんだよ。これが、知られるのは。マズいんだ。わかるかね?政治家というのは“ちょっとした落ち度”で、首が飛ぶんだよ」

「そうだったんですかぁ・・・あのー、」

 安村の言葉をさえぎり、セカンドバックから何かを取り出しながら當間は話した。

「わかってる、わかってる。君もなかなかのもんだ。これだろ」

 當間が茶色い封筒を安村に渡した。中を見る。札束が入っていた。

「うあ、あのー、あのー」

「おいしいものでも食べなさい。じゃあね、今度の市長選、ヨロシクね」

 軽く握手をすると、當間は車に乗り、そそくさと去っていった。安村は走って更衣室へ向かった。天願も付いていった。

「これ、貰ったんスけど」

 札束をテーブルに広げた。(ウっ)思わず皆、息を呑んだ。

「すげぇ、何で?えぇ何で?」

「すごい、すごいよ、飲みに行こう!なぁ、飲みに行こうよ」



 閉園を告げる「蛍の光」が鳴り響いた。この合図が聞こえると、職員は動物園を回り、客を追い出す作業に取り掛かかる。札束をノムさんのロッカーに入れ、皆で園に戻り、担当箇所を回る。

 安村の担当はクマ山とワニ園周辺。「スナック スナック ランランラー♪」足取り軽くクマ山へ着くと、1人の老人が呆けたようにクマ山を眺め、まるで風景画のように、夕暮れに染まっていた。

「あのーすいません、閉園時間なんですけど」

「あぁ、そうなんだ。それより、こっちにクマは居ないの?」

「そうですね、すいません。今日は裏で寝てます」

 他に客は見当たらないので、安村は老人を出口ゲートまで送る事にした。

「クマがお好きなんですか?」

「うん。実はね、おととい、船の中でクマに会って、襲われたんだ。夢だったのか何なのかわからなかったんだけど」

「本当ですか?どこの船で?」

「ここの下に港があるだろ?あそこから出ている鹿児島行きの船だよ」

 老人を出口ゲートまで送り届けると、すぐさま安村は更衣室へ走った。

「カクマクマは鹿児島に居る!!」

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