披露宴がない日の結婚式場は寂しい。普段、にぎやかな舞台や客席は、人気がなくてもそこに誰かいるような気がして不気味だ。動物園を辞めてここで働きだした天願ヒロトは、暗い舞台横の物置の、乱雑に置かれた余興道具の中で、クマの着ぐるみを探していた。去年の冬、客が楽屋に棄てていったのを、ここに片付けた記憶が残っているからだ。

カクマクマ第六話 檻の中の動物園
第6話 檻の中の動物園 (前編)


「あった」

 しばらくの間、物置の中に放置されていたお陰で、埃を被ってはいるものの、ジッパーの締まり具合や、布の質は少しも劣化はしていない、新品そのものだった。ゴミ袋で包み、同僚にバレないように裏口に停めてあった車のトランクに入れ、ネオンだけが青く輝く式場から抜け出して、彼は動物園へ向かった。

 式場と動物園は近い。肉眼ではっきりと見えるほど。1キロも離れていない。
(もしかしたら、カクマクマが道路に飛び出して来るかも知れない)後方の車が、天願のスピードの遅さにライトをパッシングさせた。
 何度も何度も出勤で通った道の風景や、よく嗅いでいた香りが、開きっぱなし車の窓から入り込んできて、切なくなった。天願の体の中には飼育員の頃の感覚がまだ残っている。(今の仕事は俺に向いていない・・・)最近、この言葉がよく頭の中で渦巻く。車を脇に停め、後方の車を先に行かせた。

 職員専用駐車場に車を停め、携帯電話を取り出し、仲宗根を呼び出した。しばらくして、仲宗根がゲートの鍵を解きにやってきた。

「カクマクマ、見つかったか?」
「いや、まだ手がかりすら見つかんないよ」

 自分が居ない間にカクマクマが見つかる事を、少しだけ期待していた。更衣室のドアを開けると、泥まみれになった金城と佐久田、そして安村が休んでいた。

「着ぐるみありましたよ。ちょっと見て欲しいんすけど。安村君、サイズどうかな・・・」

(サイズが合わなければ俺が着る。少しキツいかも知れないけど、俺が着れないサイズではなかったはず・・・)

「どうっすかね?」

 顔を出す分だけ、頭が余計に大きいクマの着ぐるみは、ちょうど安村にぴったりのサイズだった。

「ははは、いい感じじゃないか。クマ山まで行ってリハーサルして来よう」

 クマを連れ、全員でクマ山へ。薄い桃色の夕日が、木々や芝生の緑を柔らかく包んでいた。その向こうで結婚式場の華やかで怪しいネオンがけばけばしく空を染めているのが見えた。

「天願さんって、どうして動物園をお辞めになったんですか?」

 唐突な安村の問いに、天願は思わず一瞬黙りこみ、記憶を辿って話した。

「長い間、毎日、毎日、動物達と顔を合わせて餌や掃除の世話をしていると、心が通じ合うようになった気がするだろ。カクマクマは俺が言いたいことや考えていることが分かっているんじゃないかって気がしてきたんだ。人間よりも俺の事をわかってくれる。だけど、俺とカクマクマの間には「檻」っていう確かな壁があったんだ。それが邪魔に思えるようになった。もちろん、わかっている、それが当たり前なんだ。
 でも、ある日、俺は檻に入って手渡しで餌をやったんだ。一度だけのつもりだった。カクマクマは器用に餌を取ったよ。嬉しかった。本当に嬉しかった。次の日も餌をやった。でもその次の日、同じように餌をあげたら、右手の人差し指と中指も食べられたんだ・・・」

 檻の中に入ってはいけないなんて事、ここに入園する前からわかっていた事だ。人間に危害を与えた動物は「処分」される。天願は、事故のことは園長に隠したまま、何も言わず、動物園を辞めた。

「カクマクマとガンはそんな関係なんだ」

 ノムさんの言葉に安村は泣いて天願に謝った。「すいません。俺のせいでカクマクマが逃げてしまって・・・」

 着ぐるみのままの安村に謝られた天願は、カクマクマに謝られたような気がして笑ってしまった。クマ山の檻を開け、安村を入れた。やはり、どうしても本物のクマのような気高い迫力がない。それ以前に、頭が大き過ぎてクマに見えなかった。

「マズイな。安村、後ろ、向いてみろ」

「はい」

「後ろ向いていたら、まぁ何とか見えなくもないな」

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