カクマクマを乗せた、軽トラックを運転している男…白石雄二は、温かい早朝の紫外線と空腹で少し疲れていた。彼は大学を卒業してからすぐに保健所に勤め、野良犬の「保護」、「処分」を仕事にしていた。

第4話 カクマクマ、捕まる(中編)
第4話 カクマクマ、捕まる(中編)

 通報のあった場所へ行き、野良犬を追い詰め、捕獲棒のワイヤーを首に掛け、強引に檻に押し込む。どの犬も何かを訴える様に吠えるが、どんなに吠えても飼い主から連絡がなければ、処分だ。
捕まえてから処分までの間は3日。檻からガス室までの距離は8メートル。犬達は殺される事を察知しているのか、必死でコンクリートの床にへばりついたり、抵抗して噛みついてくることも多い。ガス室まで引きずっていったら、また棒で強引に押し込め、ガスのスイッチを押す。ガス室のモニターは、見ない。
15分後、ドアを開けると、まだ息があったり、ピクピクっと口元を震わせている犬もいる。温かい体が冷えて硬直する前に、焼却炉で燃やし、骨を袋に入れ、廃棄物として処分する。

 この仕事を始めてから「処分」の記憶が、テレビのチャンネルをザッピングしているかのように、頭の中でフラッシュバックするようになった。
耐え切れないその罪悪感から、雄二は勤務休みの日には保健所の軽トラックを借り、個人で野良犬を保護し、人気のない山奥に放しているのだった。

「俺もそんな事をしていた時もあったよ。いいよ。勝手にしたらいい。ただし、バレないようにな。」

 所長のその言葉の意味を考えると腹が立つ。


 雄二の隣に座る神崎洋子は、シートベルトの上から毛布を被りウトウトしていた。洋子にとって、今朝の陽は強すぎる。熱い湯飲みで、冷えた麦茶を飲むような気持ち悪さ。鼻の汗を拭く。化粧が気になってサイドミラーを覗く。起きて結構経ったけれど、やっぱり朝の顔は好きになれない。髪の毛が首にまとわり付くのが気になるので、窓を閉めた。それにしてもなぜ、週末の休みに早起きして、野良犬をつかまえに行かなくてはならないのか。
私には関係ないし、こんな事をして、野良犬を山奥に放しても、結局は広い運動場の小石を拾うのと同じ。無駄に思えて、洋子は憂鬱だった。

「悪い、コーヒー、買ってきてくれ。」

 雄二が、ルイヴィトンのサイフから500円玉を出し、洋子に渡した。ジーンズと薄汚れた作業服にヴィトンは似合わない。缶2本とお釣りを持つのが、目に浮かんで、少し胸が重くなった。この男と付き合うのもそろそろ潮時かも知れない。雄二の顔を見た。最近、外回りの仕事のせいか、日焼けして漁師のように目が鋭くなった気がする。車のドアを開けた。


 さっき捕まえたばかりの大きな犬がずっと吠えている。犬は言語を持っている。だから、この車を見ると犬達は逃げるのだ、と雄二は確信していた。野良犬の大半は飼い主に捨てられた犬だ。時には飼い主自ら、保健所に持って来る事もある。精一杯止めるが…。「事情がある」と言えば何でも済むと思っている人は多い。
保護した犬を山奥に放して、その後の事は・・考えない。なぜか所長の笑い顔が浮かんで、雄二はまた腹が立った。


「雄二、雄二。」

「なんだよ、早く乗れよ。」 

「違うの、何か変なのよ、この犬。ちょっと大きすぎない?見てよ。」

「何だよ、早く乗れよ。昼になるだろ。おい、一体何だよ。」

 洋子に強引に引っ張られて、檻の中を覗いた雄二は、驚いた。これは、犬じゃない。…熊だ。

「洋子!いいから、早く乗れ、ブルーシートで隠すんだ。それから・・・熊と言えば蜂蜜だ。買いに行こう。」

 熊と言えば蜂蜜と言う雄二の安直な発想は、少し面白いと洋子は思った。プーさんじゃあるまいし。そんなに単純だとは思えない。ハンドルを握る雄二の手が、小刻みに震えている。まるで捕らえられた野良犬のようだ。蜂蜜を食わなかったら、この男はどうするのか。蜂蜜じゃなくて、肉とか魚の方が良いと思う。そう言いかけたけど、車内はそんな雰囲気ではない。洋子も戸惑いを装う事に決めた。


 こんな時、女は役に立たない。男友達と一緒だったらどんなに良かったか。雄二はそう思っていた。急いで24時間営業のスーパーを探した。出来るだけ、目立たなくて暗い所に停めたい。適当な木陰を見つけ、停めた。そのまま洋子を車に残し、ブルーシートと蜂蜜を買った。

「ワン!ワン!」

 犬の声がする。でも檻の中ではなく、車の下からだ。


「カクマクマ!」

 車が急に停まって、しばらくして、細長く茶色い体を弾丸のようにしたマギーが、一直線に走って来た。 

「カクマクマ、ユー、やばいよ、これ。殺されるぞ。」

「そうなのか。これが、捕獲者なのかい。危険な目に遭わせてすまない。」

「ガッテン、いいって事よ。」

「しかしながら、どうやったら私はここから抜け出せるのだろう。」

「ちょっと待ってろ。今、考えてやる。」

 本当は助ける方法なんてない。今までの経験で、助からない事は判っているのだ。それよりも、今、頭に血が上って、捕獲者の車の近くまで来てしまった自分に気づいてしまった。早く逃げないと。

「どうにかしてやんからな。」 

 勢いでここまで来てしまったが、自分の命は惜しい。とりあえず車の下に潜り込み、「精一杯」を装った。じっとして、この車がどこか遠くへ行くのをここで待っていれば…自分はだけは助かるだろう。

「にゃーんなのよ、あんた」 

 猫が居た。

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