カクマクマは、クチャクチャと貪るように、音を立てながら食べた。
ベットの脇に置いてあった食べかけの柿ピーナッツを。
「お前、腹が減ってるのか、そうかそうか。」
良平爺さんは、リュックサックの中からツナ缶を3つ取り、紙皿の上に出した。
匂いに気がついたカクマクマが飛びつき、紙皿からツナが落ちた。
勢いよく豪快に食べる犬を見て、良平爺さんは嬉しくなり、リュックサックからスナック菓子やつまみなどを紙皿に出した。
「2月に妻が死んで、私はショックで、夜中になっても眠れない。
妻が死んだのが、今でも信じられない…
〜ウーウゥゥー〜
お前は話を聞いてくれるのかい?良い子だね、良い子だね。」
(うるさい。もっと、もっと、食べるものを)
「ほら、もっと食べなさい。」
良平爺さんは、リュックサックから鮭フレークの瓶を取り出し、半分だけ紙皿に入れた。
(鮭!!もう死んだっていい)
カクマクマは心の底からそう思った。
「もう死んでもいい。80歳になったらシルバーワークも定年退職になるし、畑仕事をやるつもりだったけど、妻もいなくなったしねー」
はぁ、とため息をつき、良平爺さんはバスルームに行った。鏡に映る自分に問う。
(このまま、船から飛び降りてしまおうか…娘に会って何になる。家庭を持っている娘の所へ行ったって、ずっと居れるわけではないし、家に帰ったら帰ったでまた、1人きりの生活だ。それならいっそのこと、妻のところへ・・・)
カクマクマは全神経を舌に集中させ、鮭を楽しんでいた。
夢に夢見た鮭。
口の中でピンク色の魚肉がほぐれ、舌の奥に程よい塩の味が広がる。
「ウーウー・・・」
鳴き声を聞いて我に返った良平爺さんは、この良き話し相手をもっとはっきりと見たいと思った。
テーブルに置いてあった老眼鏡をかける。
カクマクマは、テーブルに置いてある瓶の中の、残りの鮭フレークを見た。
テーブルに前足を伸ばす。
良平爺さんの視界が、少しだけはっきりした。
テーブルに寄りかかる犬の足に触る。
おや、こんな鋭く尖った爪は、珍しい。
犬の顔を見た。
「く、熊ぁ!?」
遠くに憧れていた死が、急に近づく、人生の走馬灯が回り、良平爺さんは思った。
(畑で取れたトマトを孫のさゆりと一緒に取りたい。ゲートボールで注目されたい。スナック「ベティー」に行きたい。閉店までカラオケしてママと喋りたい。深い話を聞かせたい。)
頭に次々とやり残した事が浮かぶ。
(死にたくない。まだ、死にたくない。)
頭の中は真っ白。良平爺さんは倒れた。
・
・
・
朝、目を覚ますと部屋中に、空の瓶やゴミ、茶色の毛などが散乱していた。
「ここに熊がいたはずだ」
ベットの下、クローゼット、バスルームを調べる。何もいない。
安心した良平爺さんは、急に船から降りたくなった。
帰ってやりたい事をやりたかった。
廊下に出る。
朝食に行く人たちとすれ違う。
船は途中下車はできない。
そう気がついた良平爺さんは、自分が、せっかちな性格であるということを思い出した。
熊なんていなかったのかも知れない。
その途端、なんだか嬉しくなった。
良平爺さんは、そのまま早歩きして、レストランへ行った。
ちょうどその頃、満腹になったカクマクマは物置で寝ていた。
夕方、船は鹿児島港に着いた。
辺りは暗くなり、誰もいなくなった船から、カクマクマは降りた。
「なんだね、ここは?寒い…」
少しだけ、ブルブルッと震えた。