安村は船窓から見える景色を眺め、ビールで喉を潤した。 気ままな一人旅、時間も金銭的にも余裕がある。 カクマクマを捜さないといけないのは、船を降りた後。 安村は3等客室の小汚い畳の上に寝転がった。

 宿泊設備は貴重品を保管するロッカーぐらいで、個室ベットはなく、 広々とした仮眠用の畳が広いフロアの半分を埋めていた。 安村の他に3人。広々と寝転がれた。

 那覇港から鹿児島港までは2日。 急に決まった旅なので、必要最低限の支度で船に乗った。 テレビも遠くまで行くと古い映画のビデオに変わり、 船内のスピーカーからは小さい音でクラシックが延々と流れていた。

 安村は売店に行って、ビール、焼酎、ウイスキーを買った。 他にする事がないし、倒れるまで飲んだって、明日も1日船の中、なんの支障もない。そしてこんな生活が許されるのも今だけだ。

 飲んでは寝て、起きては飲んで寝た。

 港についた。昼間の生緩い風が安村の前髪を揺らした。 すぐに今夜泊まるホテルを捜した。

 よく考えてみたら情報はカクマクマが鹿児島にいるという事だけで、 成り行きとはいえ、よく考えてみたら何の証拠もないし、信憑性も怪しい。 ただ、これが唯一の手がかりなのだ。これに頼るしかなかった。

安村は手帳に記した。

カクマクマ第9話 カクマクマ、跳ぶ(前編)
第10話 カクマクマは鹿児島にいる

 「9月8日   カクマクマは鹿児島にいる」

 港近くのバックパッカー向けの安ホテルにチェックインして、町へ出た。手掛かりはなし。もしカクマクマがここに上陸していたのなら、必ず人目に触れているはずだ。

 「あのー、すいません。最近、クマを見ませんでしたか?」

 なんてトンだ質問をする程、安村は無邪気ではなかった。鹿児島の港町も例外なく流浪人の町だった。
薄汚いその日暮らしのヒッピーや、出稼ぎの男、占い師、学生旅行者、その中でマトモな感じがするのは自分だけのように思えた。

  「9月9日 朝7時50分起床。」

 午前9時にホテルをチェックアウト。陽のあるうちは市内を歩いた。まったくクマの手掛かりはなし。

 夜、古い商店街の食堂に入った。隣にヒッピー風の中年の男が座った。軽いパイプ椅子を引き、何も言わずに座った。メニューを見た。薄汚れたオレンジのTシャツにぼろぼろのジーンズ。肩からビニールの買い物袋を4、5枚脇に結んだバックパックをパイプ椅子の隣に置いた。無精とも言えないくらい伸びた髭を動かし

 「味噌ラーメン」

 と、男は言った。

 しばらくこの男が隣でぼそぼそやっているのを、安村は読んでいるマンガ本越しに感じていた。

 「飯がうまい店ってのは、にーちゃん」

 男が通った声でと言った。

 「僕に言っているのですか?」

安村は男を見た。

 「そうや。いいか、いい事教えたる。ラーメンを頼めば、その店の料理の腕前がわかるんやで」

 「どうしてですか?」

 「ラーメンのな、ま、そばでもうどんでもええんやけど、上に乗ってる具があんやろ、それをな、一口食べんねん。それでな、その具が温かったら大抵の飯屋はうまいで」

 「へーそうなんですか?」

 「じゃな、試しにチェーン店のラーメン食べてみ、8割型はチャーシューとメンマが冷めてるわ。マニュアル通りやからね。」

 味噌ラーメンが来た。男はチャーシューを箸で摘み、口に入れた。

 「あっ、ハズレやわ、あかん」

 そう言いながら麺を食べた。

 「兄ちゃん、ちょっとこのラーメン、食うてみ」

 確かに美味くはなかった。

「本当だ・・美味しくない」

「なっ、わしの言うた通りやろ」

 そう言うと男は、一口も食べずに料金をテーブルにボンっと置いて店を出た。その暴力的で粋な姿に安村は見とれた。

 安村は食べかけの天津丼をかき込んだ。気持ちが焦った。財布から小銭を出し、ゆっくりとテーブルに置いた。

 店を出るとさっきの男が煙草を吸って立っていた。どうやら、安村を待っているらしかった。

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