10月30日(土)。辺野古・Peace Music Festaに出演しました。

僕自身が初めて辺野古に行ったのも、
2006年のピースミュージックフェスタが最初で、
2007年からは出演者として関ってきた。今年はこれまででも一番に緊張した。
何故なら、今年は、今までとはとても変化した部分があるから。
それは、地元の方も沢山参加、協力してくれていたということだ。
沖縄には当然新基地について反対の人もいれば、当然賛成の人も沢山いる。
反対と言うことのは簡単だ。基地を作りたいと本心から願う人は少ないと思う。
でも、賛成せざるを得ない状況は、この世界には在る。
基地だけが原因で、コミュニケーションが断絶するのは良くないことだ。
その壁をまず、音楽の力で壊したい。
そうした想いが、今年のピースミュージックフェスタを賛成派も反対派も無い
異空間にした。美しい浜と最高の音楽と人間が踊る場所。
僕が思ったこと。その場所で音楽に何が出来るだろうが。
何を変えられるだろうか。わからない。
けれど、音楽に力があるなら、きっと何かが動き出すだろう。
カルマの末、袋叩きにあうかもしれないけれど、俺は辺野古で歌いたい。
人とアートを信じているなら。
ステージの上から見る辺野古の浜は綺麗な青だった。
緊張したときはステージ袖で横になって深呼吸する。
物凄くドキドキしながら、トクメイキボウに合図。イントロが鳴る。
「この街の詩」、「消えない炎」と続けて2曲。
竜海さんを呼び込んで、「民のドミノ」。
そして「殺すな辺野古」。
俺は、人とアート、未来を信じてる。
「島よ」、「ANETTAI」あっという間の持ち時間。
ステージを降りる。大丈夫。やり切った。あとは、信じること。
ライブが終わって、辺野古でずっと座り込みを続けている
嘉陽のオジイに呼ばれた。固く握手をしてもらった。
俺たちに、沖縄の希望があると言ってくれた。
こんなとき、俺は何も言えないまま。俺にはまだ何にも出来ていない。
音楽は鳴り続ける。
翌日は父の命日。家で過ごした。具志川はとても静か。
この世界は全て繋がっていて、
俺も含めた全員で少しづつ世界を動かしていると思っている。
後悔しても始まらない。命ドゥ宝。
生きてさえいれば。
そして11月になった。寒くなってきた。
季節の移り目は必ず風邪気味になってしまう。
健康の有難さは、病気のときに気付くもの。
皆さんもご自愛を。続けよう。
カクマクシャカ
コメント (2)
何も出来てないこと。それを認識しなきゃいけないのは、内地に住む私達かと。私は臆病だけど、袋叩きにはあわせないつもりです。
投稿者: あーけーじゅ | 2010年12月21日 21:46
日時: 2010年12月21日 21:46 (火)
ありがとう。本も。人生を続けよう!
投稿者: カクマクシャカ | 2010年12月21日 23:58
日時: 2010年12月21日 23:58 (火)